JR乗りつぶし旅行~吉備線・姫新線・赤穂線~

 翌朝。シャワーカードを手にシャワールームへ行くと、先客が使用中。
 シャワールームの手前のミニラウンジでのんびり明け方の瀬戸内海を眺めながら空くのを待っていると、頭上を明石海峡大橋が過ぎ去っていきました。

 姫路駅に到着しました。
 今日の夕方にココへ来る予定ですけど、今はこのまま通過しまーす(笑)

 岡山駅に到着。
 ホントはこのまま乗り続けたかったのですが、伯備線に直通する「サンライズ出雲」のチケットが取れなかったので泣く泣くこの駅で降ります。

 この駅で切り離しを行う「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」。
 切り離し作業とそれを見物する人だかりはこの駅の朝の名物です。

 朝6時半の岡山駅。早朝なのに、けっこう人がいますね。
 お腹が空いたので、駅ナカのセブンイレブン(JR西日本では駅ナカの売店がことごとくセブンイレブンになってます。)でおにぎりをいくつか買ってから吉備線のホームへと向かいます。

吉備線 普通  岡山(06:44)→総社(07:40)
列車番号727D キハ47系気動車(キハ47-2003+44)

 岡山から新見へは山陽本線で倉敷へ行きそこから伯備線を使うのが通常なのですが、伯備線の総社駅へは岡山駅から吉備線というローカル線が走っています。せっかくなので今回はそちらも乗り潰すことにしました。

 吉備線はもともと高梁川から岡山への貨物輸送を目的に敷かれた路線。その後水運自体が廃れ伯備線も高速化されたことから、今は岡山とその郊外との地域輸送に特化しています。
 列車はボックスシートの車両とロングシートの車両との2両編成。ロングシート車のほうは制服姿の高校生でけっこう混雑していて、ボックスシートのほうは地元らしきお年寄り客ばかりとうまく棲み分けしてました。

 吉備線が走る「吉備路」は古墳や遺跡が数多く残る地域。その最たるものがこちらの備中高松でしょう。

 羽柴秀吉が毛利勢の一角である清水宗治が城主を務める備中高松城を水攻めにしたという故事の舞台がまさにこちら。

 列車はこの駅で12分停車します。なので、ちょいと途中下車してみましょう。

 駅前の小さなロータリーにはこんな案内板が。高松城跡は「自転車で4分」のところにあるらしいです。もうちょっと停車時間があったら見に行けたのになぁ~

 再び列車に揺られて終点の総社駅に到着。
 ここから伯備線に乗り換えます。

伯備線 普通  総社(07:56)→新見(08:55)
列車番号843M 115系電車(D14編成+D31編成)

 やってきたのは、北関東でも数年前に絶滅した115系電車。車内はJR西日本名物の転換式クロスシートが並んでます。これ、メッチャ快適なのになんで東日本では普及しないんだろ?

 前回ここを通過したときは俊足の「やくも」でさっさと通過しちゃったのですが、今回は鈍行列車なのでのんびりと高梁川沿いの渓谷を走ります。

 車内は通学利用の高校生でなかなかの混雑ぶりなのですが、途中の備中高梁駅で皆さん下車。そこからはガラガラになりました。

 終点の新見市街地が見えてきました。

 新見駅に到着。前回はすぐに乗り換えちゃいましたが、今回は乗り換え時間が1時間弱あります。せっかくなので、駅の外に出てみました。

 駅のすぐ脇を流れている高梁川。けっこう上流なんですけど、水量は豊富です。
 まだ朝ということもあるんでしょうが、駅周辺に人影はまばら。駅前には飲み屋街もあるのですが、営業していそうなお店は半分以下。いわゆるシャッター街と化してます。そもそも鉄道を利用する人自体が少ないんでしょうね。

 駅に戻ると、ちょうど国鉄色復刻カラーの381系やくもが入線するところでした。この381系も来月には全廃されるみたいです。

姫新線 普通  新見(09:46)→津山(11:34)
列車番号858D キハ120形気動車(キハ120-338)

 やってきたのはJR西日本の閑散路線向け気動車キハ120形の単行。ま、確かにコレで十分って感じの乗客数です。

 姫新線はこの新見駅から中国勝山、津山、佐用を経由して姫路に至る中国山地を縦貫する路線。新見から佐用までは姫新線に並行して中国自動車道が走っていて、当然ながらハイウェイ利用のほうが姫新線よりよっぽど所要時間が短いですから、すっかり時代遅れのローカル線となっています。芸備線の廃止問題が落ち着いたら、お次はコッチも廃止の話が持ち上がるんじゃないかしら。

 定刻に新見駅を発車した列車は、当初はそこそこ加速したものの、高梁川を渡り終えたところで「必殺徐行」。その後も加速と減速を繰り返しながらトロトロと山間を分け入っていきます。

 新見駅から1時間ほどで中国勝山駅に到着。岡山県北部最大の面積を誇る真庭市の中心駅です。この駅で津山方面から折り返す列車もけっこうあるようです。

 中国勝山駅からは列車の席が埋まるくらいに乗客が増えました。
 津山駅の手前にある院庄駅は元弘の乱で隠岐へ配流された後醍醐天皇が宿営し、その際児島高徳という武将が「天莫空勾践 時非無范蠡」という漢詩(白桜十字詩と呼ばれる。)を行在所の桜の木に刻み付けたという故事が伝わる地。もっとも、この児島なにがしって方については実在否定説もあるようですが・・・

 新見駅を出発して約2時間。ようやく吉井川を渡って津山市街に入ります。

 津山駅に到着。
 岡山県では岡山市、倉敷市に次ぐ規模を誇り、森家や松平家が治めた津山藩10万石の城下町でもあります。ワタシみたいな内田康夫さんのファンとしては、「歌わない笛」の舞台としてのイメージが強いかな。

 時間があったらゆったりと歩きたい美しい町ですが、次の列車までの津山駅での乗り換え時間は45分ほど。その間にどうしても行きたかったのが「津山まなびの鉄道館」でした。

 津山駅に隣接しているのですが、ぐるっと線路沿いに歩いて踏切を渡らないといけないので駅から徒歩10分ほどかかります。
 入口で¥240ナリ(JAF割引料金、Suica利用可)を支払って入場券(←硬券でした♪)をもらい中へ入ります。

 入口脇にあるのが、最大の目玉ともいえる転車台と扇形車庫。
 もともとここは津山機関区の車庫でして、この扇形車庫は1936年に建造されたもの。現存している扇形車庫としては京都の梅小路にあるものに次ぐ規模を誇ります。JR発足後はここで津山鉄道部が見学会「懐かしの鉄道展示室」を不定期に開催していたのですが、これをリニューアルする形でJR西日本と津山市観光協会が2016年に開館したのがこの「津山まなびの鉄道館」です。
 ここの魅力は、何と言っても静態保存されている昭和中期の車両を間近で見られること。鉄道ファンにとっては垂涎の地です♪

 まずは左から順に、キハ33形、キハ181系、キハ58・28系。
 キハ33形はこないだ乗りに行った境線などで十数年前まで運用されていた普通列車用気動車。元々は、普通列車用客車として運用されていた50系客車でして、ディーゼルカーや電車の普及で余剰となっていた客車にエンジンを取り付けて気動車化したものだそうです。
 キハ181系はこれまた十数年前まで山陰本線の特急「はまかぜ(大阪~鳥取・播但線経由)」「いそかぜ(益田~小倉・山陰本線経由)」「おき(鳥取~新山口・山陰本線、山口線経由)」で運用されていた特急列車用気動車。これまたこないだ乗ったキハ187系の登場で引退となった車両です。
 キハ58系・28系は急行型気動車。そもそも「急行」という種別が定期列車では絶滅しているのですが、最後まで残っていた路線のひとつがこないだ乗った芸備線の急行「みよし」でして、このキハ58系が使用されていました。ちなみに、展示されているエンジンが1基のものが28系、2基のものが58系だそうです。

 キハ28系の隣にあるのがキハ52形。普通列車用気動車として1,100両以上が製造されたベストセラーであるキハ20系のうち、両運転台を備えエンジン2基を搭載した山岳路線用のディーゼルカーです。十数年前までに最後まで残っていた大糸線から引退し、姿を消しました。

 非電化路線での牽引役として今では主役となっているディーゼル機関車の第1号がこのDF50形です。登場した昭和32年当時は全国各地で主役は蒸気機関車だったのですが、当然ながら排出する煙がアレコレ問題を引き起こしてましてね。その”無煙化”を狙って制作されたのがコレなのですが、出力不足で閑散路線用のSLであるD51の代替にすらなれなかったみたいです。

 出力不足でSLの代役となれなかったDF50形に代わって登場したのがこのDD51形ディーゼル機関車。十分な出力で幹線でも使用され、全国からSLを一掃することになりました。それゆえに、一部のSLファンからは敵視されたとも。
 晩年は非電化の函館本線や根室本線で寝台特急北斗星やトワイライトエクスプレスなども牽引しましたが、それらの寝台特急の廃止や主要路線の電化により活躍の場がなくなり、現在も運用されているのは10両あまりとなっているようです。

 「デゴイチ」の愛称で親しまれSLの代名詞とも言えるD51形蒸気機関車。元々は貨物用として製造されたのですが、その使いやすさからお召列車も含め客車列車でも多用され、国産蒸気機関車としては最多の製造数を誇ります。もちろん定期列車で現存しているものはありませんが、山口線の「SLやまぐち号」の予備機(メインはC57)や上越線・信越本線の「SLぐんま」(C61との共用)で今も雄姿を見ることができます。

 車庫の裏側には除雪用ディーゼル機関車DD15形に連結されたラッセルヘッドが。数年前まで現役でして、木次線などで活躍してました。

 転車台の奥には小ぢんまりとした建物がありまして、「まなびの鉄道館」という名前のとおり鉄道にまつわる資料が展示されています。
 懐かしい出札所の再現もありました。

 このターンテーブルは今も現役で、ときどき回してくれるみたいです。ターンテーブルの上には車庫内での車両入替専用のディーゼル機関車DD13が。貨物列車華やかなりし時代には車庫や貨物駅、貨物支線での牽引役として400両以上が製造されたそうですが、トラック輸送が主力となりJR発足時にすべて廃車となっちゃったんだとか。

 ホントならじっくり時間をかけて眺めていたいところですが、次の列車の発車時刻も迫ってきたので大急ぎで駅に戻ります。

姫新線 普通  津山(12:15)→佐用(13:12)
列車番号2828D キハ120形気動車(キハ120-357)

 再び姫新線の旅に戻ります。
 佐用までは再びキハ120形単行での旅。今日は土曜日で学校も午前中のみなのか、高校生が数名乗っていました。

 軽くパン2個の昼食を終えてウトウトとしているうちに列車は東へ。
 いつの間にか列車は上月駅を過ぎて、佐用川と幕山川の合流地点の橋を渡っていました。

 終点の佐用駅に到着。
 この駅は陰陽連絡路線として建設された智頭急行線との接続駅です。津山から乗ってきた列車もこの駅で智頭急行線の特急列車に接続しているのですが、肝心の姫新線上り列車は1時間以上後と接続はサイアクでした・・・もはや、姫新線は陰陽連絡路線じゃないのね。

 駅で1時間以上ぼーっとしても仕方ないので、外へ。
 駅舎はコンクリート打ちっぱなしの真新しい外観。智頭急行線が開業した平成6年に改装されたんだとか。

 駅から数分歩いたところに佐用川が流れています。関東のニンゲンには馴染みがないですが、佐用川は下流で千種川となり、これから向かう赤穂で瀬戸内海にそそぎます。
 昼下がりのこの時間、初夏らしい暑さとなって上着を着ていると汗ばむほどでした。

姫新線 普通  佐用(14:36)→播磨新宮(15:05)
列車番号4854D キハ122系気動車(キハ122-3)

 再び列車の旅に戻ります。
 やってきたのは姫新線専用に開発されたキハ122系。沿線自治体が開発費用を一部補助しているそうです。

 ドア横には姫新線のシンボル「赤とんぼ」のイラスト。なんでも童謡「赤とんぼ」の作詞者である三木露風が播磨新宮駅があるたつの市出身なんだそうでして。言われなきゃ「なんでトンボ?」って思っちゃいます。

 さすがに疲れがでたのか、乗車するなり意識喪失。ふと目を覚ますと終点の播磨新宮駅に着いちゃってました。

姫新線 普通  播磨新宮(15:06)→姫路(15:37)
列車番号1854D キハ127系気動車(2編成)

 お向かいのホームに停まっているのは、キハ127系。キハ122系の姉妹車で、単行用の両運転台車が122系、2両編成用の片運転台車が127系となっています。

 播磨新宮駅を発車してすぐに渡るのが揖保川。そうめんで有名な「揖保乃糸」発祥の地ですね。
 播磨新宮駅から姫路駅までの区間は姫路の通勤圏となっていて、本数も毎時1~3本と充実しています。途中から部活動の学生さんなどが次々と乗ってきて、車内は通路半ばまで立ち客で埋まるほどの混雑ぶりでした。

 小ぢんまりとした車庫を過ぎると、「余部」駅。思わず「あまるべ」と読みそうになりますが、「よべ」です。
 鉄橋で有名な山陰本線の「餘部」駅とは何の関係もなさそうです。駅ができたのはこっちの「余部」が先だったので、山陰本線のほうはあえて「餘部」にしたんだとか。

 10時間ぶりに姫路駅へ戻ってきました(笑)

 チコッと時間があったので、駅の外へ。大通りの正面に姫路城が見えますが、さすがにお城見学する時間はなさそう。
 駅ナカで職場へのお土産をお買い上げして、再び駅に戻ります。

山陽本線、赤穂線
 普通  姫路
(16:04)→播州赤穂(16:35)

列車番号973M 223系電車(V63編成)

 姫路からは山陽本線の普通列車で今朝走った山陽本線を西に向かいます。4両編成の列車は超満員です。

 赤穂線との分岐駅となる相生駅に到着。この列車はそのまま赤穂線に直通するのですが、そのせいかこの駅で一気に列車はガラガラになりました。
 ワタシはせっかくなのでこのまま赤穂線も乗り潰しちゃいます。

 終点の播州赤穂駅に到着。山陽本線との直通区間はここまでで、ここから先はお向かいに停車中の普通列車に乗り換えです。

赤穂線・山陽本線
 普通  播州赤穂
(16:36)→岡山(18:26)

列車番号1923M 115系電車(A04編成)

 待っていたのは今朝伯備線で乗ったばかりの115系。関東では絶滅した115系ですが、岡山地区ではバリバリの現役です。
 1分乗り換えなので、Blog用に正面顔を急いで撮ってから列車の中へ。車内はガラガラでした。

 内陸を走る山陽本線と分かれて海沿いを走る赤穂線ですが、実際に文字通りの「海沿い」を走る区間は日生駅(「ひなせ」と読みます。)付近の僅かな区間だけだったりします。
 西大寺駅を過ぎると岡山郊外の住宅街が始まり、ガラガラだった車内も賑わってきました。

 岡山駅での乗り継ぎ時間は10分もありません。なので大急ぎで新幹線乗り継ぎ改札に向かったのですが、ここで問題勃発。
 今回のチケットはすべて「えきねっと」で購入しているのですが、その場合乗車券のルート選択にかなり制限がかかります。なので、「地元駅→岡山」「岡山→津山→姫路→播州赤穂」「播州赤穂→岡山→地元駅」と分断して購入せざるを得なかったのですが、↑に書いたように播州赤穂駅では1分乗り継ぎなので分断されている2枚の乗車券を自動改札に通す時間がありません。なので、当然ながら岡山駅の自動改札は「ピンポーン」と閉まっちゃうわけでして・・・ま、有人改札に持って行って事情を話せばあっさり通してくれたんですけどね。ただ、有人改札だとチケットに改札通過の記録がされないから、今後東京駅とかでも有人改札を通らざるを得なくなりとっても不便です。

山陽・東海道新幹線
 のぞみ50号  岡山
(18:20)→東京(21:33)

列車番号50A N700S系電車(J34編成)

 乗り継ぎ改札を通過した後、お弁当をお買い上げしてからホームへ。新幹線ホームはとっても混雑してました。

 やってきたのはN700S系。ウォシュレット付きトイレを備えた最新型車両です♪

 岡山駅を発車したところで、いそいそとお買い上げしておいたお弁当を紐解きます。

 お買い上げしたのは岡山の老舗寿司店「吾妻寿司」謹製の「旅の小箱」。もともとは宇野線などを走る観光列車「La Malle de Bois」の車内販売用のお弁当なのですが、岡山駅の新幹線コンコース内でも販売されてました。
 岡山名物のちらし寿司「ばら寿司」にままかりの握り寿司などご土地名物が2段重に詰め込まれてお値段税込み¥1,350はなかなかお買い得です。
 気分よく酔っぱらっているうちに、「のぞみ」は無情にも東京へ着いちゃったのでした・・・

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