85年前と今

 最近読み返した本のひとつが、北村薫さんの「鷺と雪」。北村薫さんの直木賞受賞作でもあります。

 内容は、太平洋戦争直前の昭和初期を舞台に、富裕層の令嬢の日常を描きながら北村さんお得意の「日常の謎」を主人公御付きの運転手「ベッキーさん」が謎解きするというオムニバス短編集。「ベッキーさんシリーズ」と呼ばれるシリーズ物の、「鷺と雪」はその最終巻にあたります。
 さて、その最終話であり表題作でもある「鷺と雪」は二・二六事件の直前を描いているのですが、その中で、主人公の令嬢が東京から伊勢志摩方面に修学旅行に出かけるシーンが出てきます。

 列車は定刻の九時、東京駅を出発した。
 (中略)
 名古屋で関西線に乗り換え、二見に着いたのは五時五十分。朝には東京にいた身が、座ったままで夕刻には伊勢にいる。弥次さん、喜多さんが聞いたら、さぞ驚くことだろう。

 この修学旅行が行われたのは昭和11年の二・二六事件の直前ですから、昭和10年の11月下旬のこと。当時の午前9時発の東海道線といえば、神戸行きの超特急燕号(11レ)ですね。その前年である昭和9年に丹那トンネルが開通したことを受けて改正された当時の時刻表を見てみると、

 東京09:00発→横浜09:27発→沼津11:00発→静岡11:48発→名古屋14:17着,14:22発→大垣14:58発→京都16:26発→大阪17:00着→三ノ宮17:33発→神戸17:37着

となっています。
 名古屋から先は関西本線・参宮線直通の鳥羽行き209列車に接続していたようでして、

 名古屋14:35発→四日市15:32発→亀山16:10発→津16:31発→山田(現在の伊勢市駅)17:31発→鳥羽18:01着

となっています。ネットで見つけた時刻表は主要駅しか掲載されていなかったのですが、北村薫さんがご覧になった時刻表では二見浦駅にも停車するようになっていたんでしょうか。もっとも、伊勢市駅から二見へは三重交通神都線を利用した可能性もありますけどね。

 さて、この旅を現在同じルートでやってみたらどうなるでしょうか。手元にある「JTB小さな時刻表」をめくって調べてみました。

 昭和10年だと、当然ながら新幹線はまだありません。なので、必然的に東海道本線をトコトコと行くことになりますね。
 今の時刻表だと、

東京09:07発→熱海10:42着(3523E快速アクティー、土・休日は10:47着)
熱海10:50発→沼津11:10着(1445M普通)
沼津11:14発→静岡12:09着(771M普通島田行き)
静岡12:21発→浜松13:32着(773M普通)
浜松13:39発→豊橋14:14着(951M普通豊橋行き、土・休日は3143F普通岐阜行き)
豊橋14:20発→名古屋15:12着(2329F新快速大垣行き、土・休日は5335F)

となります。昭和10年の超特急燕号より40分遅れとなりますね。でも、停車駅数や乗り継ぎ時間を考えると、やっぱり「電車」の威力はすごいと思います。
 ちなみに、超特急燕号が蒸気機関車による客車牽引から東海道線全線電化により151系電車で運転されるようになったのは戦後の昭和35年のこと。その当時の時刻表によれば、東京駅9:00発のままで名古屋到着は13:15着、終点の大阪到着は15:30と格段に早くなっています。

 さて、名古屋から先も今なら近鉄特急やJRの快速「みえ」で一本で行けますが、近鉄名古屋線の前身である関西急行電鉄が開通したのは1938年(昭和13年)のことですから微妙に間に合いませんし、快速みえが経由する伊勢鉄道の前身である国鉄伊勢線の開業は1973年とはるか先です。なので、当時のルートは関西本線で亀山駅まで行き、そこから紀勢本線を経由するしかありません。なので、今回も亀山回り紀勢本線経由で調べてみましょう。

名古屋16:13発→亀山17:18着(2315M快速亀山行き、土・休日は5315M)
亀山17:25発→二見浦19:26着(941C普通鳥羽行き)

 昭和10年当時より1時間半遅れになります。昭和10年当時は燕号からの乗り継ぎ時間が18分だったのが今は1時間と大幅に増えていますから、そのせいですね。
 現代では名古屋から伊勢方面に向かうときは近鉄利用が普通ですしJRにしても津以南へは亀山駅をショートカットする伊勢鉄道経由が通常ですから、名古屋から河原田駅以西に向かう列車は非常に数少なくなっています。実際、名古屋から伊勢鉄道経由の快速「みえ15号」ならば名古屋15:37発と絶妙な接続になっていて、二見浦には17:20着となります。結果的には昭和10年当時より30分早く着けますね。

 最後に、現代での最速ルートを調べておきましょう。

東京09:00発→名古屋10:39着(213A東海道新幹線のぞみ213号)
近鉄名古屋11:10発→伊勢市12:31着(7115近鉄特急)
伊勢市12:45発→二見浦12:54着(923C普通鳥羽行き)

 隔世の感がありますねー。

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