ここ最近、喧しく言われるようになった「ワークライフバランス」。
ウチの職場も例外ではなく,年間の有給休暇を8割以上取りなさいとウエがうるさいのですが・・・有給休暇は年間20日あるから、8割というと16日!ちなみに夏休みのうち3日は別計算なので、それ以外で消化するとなるとナカナカ厳しいものがありまして。
年末も見えてきた10月末の段階で、ワタシの消化日数はまだ9日。8割消化と言うとあと7日休まないといけないわけです。
例年なら「そんなの無理ー!」で済んでしまうのですが、安倍政権への忖度(?)なのか今年はウエもかなり強硬。「それなら」と、臨時の”秋休み”を頂戴することにしました。
旅行閑散期の11月~12月に1週間休める!というのは、しがないサラリーマンにとっては一生に一度あるかないかという貴重な機会です。フツーなら、結婚してハネムーン休暇でもとらないかぎりあり得ない。
そんな休みがタナボタのように降ってきたこの機会。せっかくだから、こーゆー機会じゃないと行けないところに行こう!というわけで今回は小笠原に行くことにしました。 |
小笠原海運 東京/竹芝(11:00)→父島/二見港(翌日11:00)
使用機材 おがさわら丸(三代) |
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(上の写真は父島二見港にて撮影)
小笠原に行く唯一の交通手段は、小笠原海運が運航するほぼ週1便の海路のみ。この船便は、夏と冬の一時期を除いて、
お昼前に東京竹芝桟橋を出航
↓(24時間)
翌日お昼前、父島二見港に到着
↓(2日停泊)
夕方、父島二見港を出航
↓(24時間)
翌日夕方、東京竹芝桟橋に到着
というサイクルを繰り返します。なので、船のダイヤに合わせてほぼ1週間のスケジュール。今回は12月10日出航→12月15日帰港という旅程となりました。 |
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小笠原航路のチケットは、2等の雑魚寝部屋と2等寝台だけはインターネットでの予約もできますが、特2等以上は竹芝にある東京客船ターミナルで購入するか、電話で予約するかのどちらか。そして、どちらも営業時間は平日のみ。
まったく、このご時世になんて時代遅れな~とウンザリしてしまいますが、「ナショナルランド」という小笠原専門の旅行会社を通せばメールによる申込み&振込入金で日時を気にせず手続きすることも可能です。さらには、小笠原での宿泊施設も含めてパックでの予約も可能なので、今回はそれを利用しました。
すべてインターネットで予約を済ませ、当日は午前9時半に竹芝桟橋の窓口へ。そこでメール送信された申込み完了書のスマホ画面を見せれば、往路の搭乗券と復路の搭乗券引換書などをもらえます。
なお、大きな手荷物は預けてコンテナ収納してもらうことになりますが(有料)、ダイビングバッグくらいであればそのまま手荷物として乗船して構いません。なお、4デッキには荷物置き場もあるほか、貴重品ロッカーや冷蔵ロッカー(これだけは有料)もありました。ただし、場所には限りがあるので繁忙期は取り合いかも。
午前10時過ぎから乗船開始。特等、特1等の順に上の等級から順に乗船します。 |
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今回予約したのは特2等。2等寝台との違いは、上下の2段ベッドが交互に設置されていて各区画には上段(または下段)のみの2ベッドで占められていること。2等寝台は1区画に上下2段ベッド×左右2台の4ベッドとなります。
このため,2人利用なら1区画がほぼ個室状態となりますし、壁沿いの4区画はご覧のとおりベッドが片側のみとなるため1人部屋状態♪ただ、完全な「室」ではなく、船室の中央にある通路と各区画との仕切りはカーテンのみですし,各ベッドにある仕切りもカーテンのみです。 |
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2等寝台とのもうひとつの違いは、各寝台の中にテレビがあることです(音声はイヤホン使用。)。ちなみに、東京港内であれば地上波も見られますが、外洋に出ると衛星放送と船内放送(映画が5種類と小笠原の宣伝ビデオが2種類、あとナビゲーション画面もあります。)のみとなります。
等級はもちろんチケット申込み時に指定して購入しますが、空席があれば出航後に変更することもできます。もちろん差額は徴収されますが。 |
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甲板では、コンテナ積み込みの真っ最中。この小笠原航路は本土と小笠原諸島(父島だけでなく母島も)とを結ぶほぼ唯一の貨物輸送手段でもあります。ちなみに貨客船で運搬できない危険物(燃料など。)を輸送する貨物船もあるにはあるのですが、そちらは月に1,2便。なので、食料品や郵便などコンスタントに輸送する必要がある物資を運ぶのは、このおがさわら丸(通称「おが丸」)が唯一のライフラインなんですね。 |
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今回お世話になるおが丸は一昨年就航したばかりの3代目。だいぶ大型化したらしいのですが、それでも甲板のスペースはギリギリ。そこへ握り拳1つ分ほどの隙間でコンテナを積み込むのですから、まさに職人芸ですね。 |
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船内の案内所でドラが鳴らされました。いよいよ小笠原へ向けて片道1000km、24時間の船旅が始まります。 |
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岸壁ではまばらな見送りの人たちが。ちょっと寂しい感じかな。まあ平日の午前中だから仕方ないですねー。 |
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さてさて、せっかくの機会なので、船内探検でもしてみますか。船内はこんな感じ。主な設備としては、
7デッキ:特等・特1等個室と展望ラウンジ「母島」
6デッキ:特1等・1等個室と売店「ドルフィン」
5デッキ:1等個室と特2等船室
4デッキ:レストラン「父島」、総合案内所、キッズルーム
3デッキ:2等船室(寝台・和室)、フリーラウンジ「南島」
となっています。なお、トイレや洗面所、シャワー室、談話室、自販機コーナーは各デッキに設けられています。 |
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ではでは船内探検にしゅっぱ~つ!
4デッキの通路はこんな感じ。まだ就航して2年ちょっとの船なので、船内はとってもキレイです。船室が無い4デッキの通路には、小笠原諸島や小笠原航路に関するポスターがあれこれと掲示されていました。 |
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船らしいのが、船内のそこかしこに設けられたレジ袋。もちろん船酔いのときのためのモノなのでしょうが、自販機でお買い物した際にも便利でした。 |
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4デッキの談話室脇には、クリスマスらしくツリーが置いてありました。 |
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船内レストラン「父島」。一日3食ここで提供されます。お値段は市価より若干高めですが、貧乏旅行なヒト向けには冷凍食品の自販機(たこ焼きなどが1箱¥400)や売店のパンなどで安く済ませることもできます。
なお、船内のレストラン・ラウンジ・売店ではSuicaが利用可能(自販機は不可)ですが、船内でチャージすることはできないので要注意です。なお、父島二見港内の事務所で現金でのチャージが可能です。 |
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こちらが最上階7デッキにある展望ラウンジ。売店もあって、軽食や飲み物(ソフトドリンクに加え、ビールやオリジナルカクテルなどのアルコール類も。)なども提供されます。 |
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6デッキにある売店。駅の売店みたいな感じですが、挽きたてコーヒーなども提供されます。 |
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3デッキのラウンジ「南島」内にある自販機コーナー。冷凍食品自販機(電子レンジで調理して出てくるヤツ。)やカップヌードルの自販機もあって、なかなかの充実ぶりです。 |
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アルコール類の自販機。お値段は見てのとおり市価と同じ。良心的ですねー。 |
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ラウンジ「南島」内はこんな感じ。カップヌードル用の給湯設備もあります。 |
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屋上デッキ。各階の外部デッキも含めてほぼ自由に出入りできますが、荒天時には閉鎖されるほか、特等~1等個室に面した通路は出港時と到着時を除いて閉鎖されます。そりゃそーですよね。 |
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羽田沖。ちょうど、JALのヒコーキが離陸するところでした。 |
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レストランがお昼の営業を開始したというので、昼飯をいただくことに。小笠原産の塩を使ったという「島塩チャーシュー麺」(¥780ナリ)。なかなか美味しかったです♪ |
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食後は7デッキのラウンジ「母島」へ。船内で焼いたというアップルパイ(頼めば電子レンジで温めてくれます。)と挽きたてコーヒーでカフェタイム♪
海を眺めながらのコーヒータイムってとってもゼイタクですねー。 |
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窓の外は横須賀市街地が。浦賀水道に入ったみたいです。 |
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テレビのナビゲーションを見ると、東京湾をようやく抜けたみたい。いよいよ外洋です。 |
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外洋に出ると、テレビは衛星放送のみ。そして携帯電話も通じなくなります。時代遅れなことに、船内にはフリーWifiもありませんので完全にインターネットから切り離されちゃいます。辛うじて使えるのは衛星回線の公衆電話のみ。
なのですが、有人島の近くを通過する時に、運が良ければ島からの携帯電話の電波を拾うことがあります。なので、案内所でこういう通過予定時刻の一覧表をもらっておけば、島の通過時刻に合わせて一か八かのメールチェックをすることが可能です。 |
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船内ですることと言えば、船内をうろうろ探検すること以外は「寝る」「食べる」「呑む」くらいしかありません。島民のように乗り慣れたヒトの中には、さっさと7階のラウンジのソファを占領して酒盛りしたり、酒を片手に横になるという迷惑な方もいらっしゃるようですが・・・
そうこうしているうちに、外は暗くなって雨がポツポツ降り出しました。船は八丈島近くを通過してるみたいです。 |
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早めにレストランで夕食をいただきます。頼んだのは煮込みハンバーグセット(¥1,180)。せっかくなので、赤ワインのハーフ(¥1,000)も付けちゃいました。 |
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飲み足りないので、夕食後は7デッキのラウンジへ。オリジナルカクテルの「ボニンブルー」をいただきます。珍しいラムベースのカクテル。ラム酒は小笠原の特産品なんだそうです。
ちなみに、このカクテルのネーミングにもあるとおり小笠原諸島は別名ボニン・アイランドといいますが、これは江戸時代に幕府による調査で初めて小笠原諸島が江戸幕府に認知された際、「無人島」(ブニンジマ)と呼ばれたことに由来します。その後、林子平が著した「三国通覧図説」がヨーロッパで紹介された際に小笠原諸島は”Bonin Islands”と訳され、現在に至っているそうです。
さて、お酒もまわってきたのでおやすみなさーい・・・ |